邪鬼の眼 第1回
いま、日本には昔からお互い信じ合ってきた「性善説」が音もなく崩れ去ってゆく姿を目の当たりして、為す術を知らない状態のような気が致します。
高度成長を支えた五十五年体制も、政官財の合金システムも、いま、金属疲労のあげくに、亀裂だらけの「破断」の時代に突入したと言えましょう。 「耐震偽装問題」を見るまでもなく、あらゆる事に、「眼を開く」「本質を見分ける」方策は一つしか有りません「裏から観る」と言う事ではないでしょうか。
先日、旅行会社のA君と会った時ですが、「社長さんは、昨年、熊野古道に往かれて良かったですよ。今年はもう無茶苦茶に混雑していますよ」とのこと。「そう思ったので今年、来年は「白山」の頂上登山を目指しています」と言いました。今年十月、手始めに、白川郷から白山スーパー林道を下って、初雪の白山の頂上と、中腹の紅葉を眺めながら登山口探索が目的の旅でしたが、世界遺産指定十年の白川郷で、思わぬ拾物がありました。
この写真の建物は、明善寺庫裡の横に、荻町で一軒だけの民宿をしていたお家です。お寺との間には、池があり、降るように蛍の群が飛び交っていました。三十五年前のことです。「お店ではありません」という小さな看板ひとつでいかにも、作られた人工の世界遺産に凛々しく、抵抗しているよう感じがしました。
同じようなことは、青森県秋田県に跨る「白神山地」にもいえます。マタギの里に生まれ、生活する人達と、地元の心ある人の団結が、お役所とゼネコンの合作である「青秋林道」(この林道が曲者)の建設を途中で止めたのです。この運動に十年近く、青秋林道の工事断念が、平成二年三月、「世界遺産登録決定」が同五年十二月のことです。しかし、十年経過した現在は、もうすでにその魅力は半減していると聞きます。
いま、私が気になるのは、「熊野古道」のことです。今でこそ、「世界遺産」だどうだと云っていますが、この遺産を、身を挺して守り抜いた「南方熊楠」なければ、「那智大社」もなく、「那智の滝」も裸の滝になっていたと思うと、中央官僚の考える事は、今も昔も変わっていないと、つくづく思います。
明治三十九年ころ、時の西園寺内閣が励行した「神社合祀」の政策が、和歌山県ではとくに強引に推進しようとされ、大阪の材木商と神官らがいろいろ政治家とともに、暗躍したらしい。合祀政策に反対する「熊楠」は大酔して県の役人に面会を強要して、未決監に入れられたり、孤軍奮闘している「熊楠」の援軍として現れたのが、同じく中央官僚の「柳田国男」である。柳田の根回しと、協力によって、ようやく「熊楠」の情熱が世論を動かしたのである。
国論ようやく一変し、真摯なる日本研究これより起こり、雨ふり地固まるの結果あらんとす。先生(熊楠)の業徒労ならず候。よつて単に俗論防制の消極的行動より転じて、なお将来の民風を作り上ぐる上にご尽力下されたく候「柳田国男」
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